音楽を聴いて泣いたという話をした(聞いた)。
よくよく聞いてみると大抵が
音楽をきっかけに思い出す過去等で
ノスタルジー&メランコリックな気分で
泣いているという内容だった。
当人はそれを音楽で泣いたと言ってて
音楽に付随する記憶や思い出で泣いていると
いう自覚がないようです。
人は極度に痛かったり笑いすぎたりすると
勝手に涙が出ます。そこにはノスタルジーや
メランコリックはないです。体の条件反射的なことです。
以前、対バンのデスメタルバンドのリハを
スピーカーの目の前に座ってずっと聞いてて
泣きました。だって音が刺激的過ぎ&でか過ぎ&
長時間聞きすぎだったから・・
自然と涙が出ました。
ライブがいいってそういうことだと思います
やはり、生の存在感というか音そのものというか
(まあ演出等もありますが)
そういうことだと思います。
だから音質がかなり落ちるCD等で聞く音楽は
どんなに良いものでも、その段階で音楽の
半分も失っているといえます。
音楽でノスタルジー&メランコリックになることは
音楽好きとは思えません。
まだダンスミュージックで踊るほうが音楽好きなきがするけど
それも違う気がします。
完全に商用に走って音楽(もどき?)をやる方が
まだまだ健全です。
極力音楽に付随するものを排除して音のみを聞くことで
涙するのが本当の音楽好きな気がします。
あとは自分が参加すること。
無我で演奏したり歌ったりすること
で音に近づけます。歌詞に感情こめてとか
メランコリックに通じるのでウソです。
それは音楽好きではなく文学好きです。
(文学は文学で好きですが)
音楽(皿)と文学(料理)の歌モノは
なにか音楽が引き立て約のようで好きじゃない。
歌は声(音)です。楽器と同じで生まれながらの
音しか出ない声が全てで、歌詞は意味は必要なくて
響きですね。歌詞、言葉は呪です真意に反して
誘導させられます。言葉は意味を考えずに
あ い う っていう響きの連なりで聞きます
よい連なりがいっぱいあります。
決して言葉の意味をかんがえてはいけません。w
だから意味のわからない言語は完全に響きで聞けるので
音楽を聴くには良いです。
そういえばアディエマスっていうグループがそういう意味で
どこの言語でもないテキトーな言葉でうたってました。
彼女達(彼等?)は音楽が好きだと思います。
突き詰めていくと人間性の排除につながっていくんですが、
それもどうかと思うので そこに至る途中に音楽の
心理?的なものがある気がするんですが、わかりません。
禅あたりに答えがありそう・・・
過程が重要なのだと思う。
多分、そんな重いものでもなくて商用音楽で
楽しくても良いというような気もするし
結局音楽で人は生きていくことはできないので
取るに足らないものでしかないのかもしれないんで
要は単に嗜好のような気もしてきた。(書きながら)
というリフレインモードでいつも考えるのが止まります。
↑いつにもましてマジメモードw